産後うつカウンセリング後の変化
皆様、聖蓮のブログにお越し下さり、ご縁に感謝致します。
良き気づきがありますように・・・。
産後鬱のメールカウンセリングのご感想です。2ターンで行ったやり取りでしたが、M様の気づきと変化が著しく、私も嬉しくなり、許可を得ているので、いくつかご感想をシェアさせて頂いています。
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・守護天使たちについて
斜め上は、一人でとりとめのないことを考えているときに自然と目が行く気がします。悩むと気持ちと共に顔が下がるので上は見ないのですが、そういう時こそ顔を上げて、守ってくれている存在を思い出すことが大切なのかなと思いました。
昨夜は寝入りに娘が強めにぐずり途方に暮れましたが、ふとこのことを思い出して顔を上げ、どうしたらいいですか、と考えたら(抱きしめてあげて)と間髪入れずに頭に浮かびました。『本当は頭では分かっているんだけど……他人に同じことを聞かれたらこう返すんだけど……』といったモヤの向こうにあったものが、クリアに自分のための言葉として手元にきた感覚でした。
・離婚を選ばなかった理由のお話を読んで
>大好きな両親に離婚という悲しみを体験させることに耐えられなかったし、良い子でいたかったし、何よりも離婚は、自分に負けることだと思っていました。だから、負けて自分を許せなくなることが嫌でした。子供から父親を奪う事もです。
この辺り、今の主人と姿が重なるような気がしました。自分と、自分が大切だと思っている存在のために踏ん張ると決められたのですね。
主人が私を見付けて選んでくれたことに私は縁を感じております。私は、彼に会うまでに付き合ったり好かれたりした男性遍歴がなかなか酷く、ほぼ全員顔も名前も忘れましたが出来事はまだ刺さっており、今でも『男なんか』と思っているところがあります。さすがに、もう傷付きたくないです……。
なので、この人となら家族になれると私が素直に思える主人という男性に出会えたのは奇跡だと思っています。
以前は時々してあげていたマッサージをもう随分していないなと気が付いたので、まずはそうして能動的に優しく触れることを始めてみようと思います。
・育児面の余談
経済的なこともあり、3歳になれば保育料無償化の恩恵が得られるのでそこで幼稚園に入れよう、という方針でまとまっております。
かつて私が何となく空手を休みたい気分だったとき、父も母もほとんど許してくれたことはありませんでした。自分がやりたいと言って始めたのだから責任を持てと。ふくれっ面で冷たい道着に袖を通して車で運ばれて通いましたが、あるとき父に向かって、「その時はやりたかったけど今はもう違う!そうやって無理強いされるからもう嫌いになったんだ!」と泣いて叫んで抵抗したことがありました。私一人を残して車が出ていく音を聞きながら号泣しました。母からは『時間がなくてヨシヨシできなくてごめんね。大丈夫だからゆっくり休んで』とメールが入っていたのを覚えています。
習い事や幼稚園、学校など、なんか今日は行きたくないと娘が言うことはこの先必ずあると思うので。そうなのね、どうしたの?やめたいとは違うのかな?まあとりあえず今日は休んでママとお話でもしよっか、と言ってあげられるようでありたいです。甘やかしとの見極めは難しいと思いますが、私は、行かなきゃダメだと頭ごなしに言われるよりは、こうしてもらいたかったです。
実は、きょうだいがいないと可哀想よとメンタルの主治医に本当に何気なく言われて、随分ショックを受けたことがあります。私は妊娠すると妊娠糖尿病になる体質のようなので一般的な妊婦よりかなり費用がかかることと、第一子が緊急帝王切開だったので次の子のときは妊娠中の子宮破裂のリスクがあり。また、普通に行けば次も帝王切開になります。……と、あれこれそれらしい理由を並べることも出来てしまうのですが。
こんなに痛くても人間って死ねないのかと思った陣痛が結局分娩に繋げられなかったこと、腹と内臓に穴空いてるんですけど?!と思いながら、泣く娘と経験したことのない下腹部の傷や後陣痛の痛みを抱いてゆっくりと歩き回った真夜中の病室内……お恥ずかしながら妊娠出産という行為にトラウマを抱えています。現在37歳、すべての不安や問題をクリアして第二子を迎えられたとしても、その子が成人するころの自分や主人の年齢は。不自由を感じさせずに二人を育て上げるだけの収入の確保は?と思うと、今はこの件について前向きな検討は難しいのが本音です。すべてうまくいく!と信じられるころ、年齢が間に合えば良いのですが。せっかくの助言に素直に頷けずお恥ずかしいです。ごめんなさい。
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最後に。
肩がこるのでただ寝転がって指圧を受けるような癒しもありますが、今回の相談で頂いている癒しはもう少し別の、介護福祉用語ではエンパワーメントなどと云うのですが、私自身が力をつけてここから立ち上がるための支援を感じました。
お話できて本当によかったと思っております、ありがとうございます。
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ありがとうございました。
エンパワーメントは、ライタリアン・レイのテキストにもあります。
自分の力を発揮すると言う感じの言葉です。
この介護の用語は、変わりなさいと言うメッセージになっていたようですね。
M様は、思ったことを素直にお伝えくださっています。同じように子育てでお悩みのママの心に届けば幸いです。
私の育児は、上の二人は、夜泣きをしなくて育てやすいものでした。
でも、それ以外に、長女は夜行性で夜中の1時が就寝時間でした。妊婦が夜型だとベビーも生まれてからそのペースになると何かで読んだことがありましたので、半分諦めて、疲れて寝るまで見守っていました。
そして、今思えば、「夜尿症」だったのかもしれかせん。長女は眠りが深く、一度寝付くと朝まで絶対に起きませんでした。よって、オムツがなかなか取れないと言うのが悩みでした。1歳違いの長男は、1度、オムツなしで、お漏らししてしまい、その時にものすごく驚いたようで、放心状態になってました。2歳手前のちょうどトレーニングしたい時期でした。
基本、朝もオムツが濡れてない子だったので、そろそろかなと思い、日中はトレーニングパンツにするよと本人に話し、夜は念のためオムツにしていたのですが、どうやら夜中におトイレに行きたくなったようで、ギャン泣きする息子の声がして、びっくりして彼を見たら、
出口とは反対にある押し入れの柵の部分を掴んで必死に開けようとしていました。
そりゃ開かないですよね?「そっちじゃやいよ!」と声を掛けると、はっと気がつき、トイレまで爆走して行きました。待っていたら、涙を拭きながら戻って来て、それ以来一度もお漏らしをしませんでした。
これは使えると思ったので、長女に言いました。
「ほら、〇〇のほうが、早くオムツ取れちゃったよ。負けちゃったね。どうする?」と。
ちなみに、お昼間は結構早めにオムツが取れていたのですが、夜だけがダメでね・・・。
皆さんにも見せたかったです。眼を見開き、鼻の穴を膨らませて仁王立ちしてました(笑)
弟に負けると言う屈辱を知ったようです(笑)
この日を境に、漏らしそうになるんだけど、そこで飛び起きておトイレに行くようになりました。
そして、濡れたパンツを証拠隠滅の為、タンスに戻すという迷惑な行為をしていたことに、しばらくして気づく・・・ということがありましたね。
私が苦労した子育ては、3人目でした。昼間寝ないし、3か月と10か月の頃に夜泣きがありました。初の夜泣き体験でしたので、「この子育ては、今までのようにはいかないな・・・」と覚悟を決めました。
でも私は眠いのを我慢せず、次女が窒息しないように、姿勢を整え、自分の胸の上に次女を横向きで少し頭を高くし、無理矢理自分と一緒に寝てました。
私の心音や体温で、1時間ほど、姿勢が辛くなるまでは寝てくれましたよ。
3人目育児の苦肉の策でした。
先輩ママの子育て術なんかも参考になりますよ。皆さん、同じように苦労されているしね。
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